東京高等裁判所 昭和28年(う)807号 判決
被告人 内藤寿一 外一名
〔抄 録〕
被告人神代義明の弁護人甲の控訴趣意について。
所論は要するに本件事故は全く相被告人内藤寿一の過失によるものであつて同人が道路の左側を通行せず、また左側に避けなかつた為に発生したものである。それを被告人神代に過失があると認めたのは事実誤認の違法がある。仮に被告人神代にも過失があるとしても相被告人の過失に比較すれば極めて軽微であるのに、被告人神代に重刑を科した原判決は量刑不当の違法があると云うのである。
案ずるに、原審昭和二十七年十一月附検証調書(同年十月二十五日検証)中の被告人神代の指示説明原審公判廷における同被告人の供述、当審検証調書中の同被告人の指示説明によれば被告人神代は当日判示オート貨物三輪車を運転して道路の左端近くを進行し千葉県一の宮方面より本件現場即ち茂原方面より一の宮方面に向う道路と茂原方面より土睦方面に向う道路との分岐する三叉路附近に産し蒐つた際、そこに埋没されている分岐点の標示(当審検証調書添附見取図(ト)点)のすぐ左側の所で、茂原方面より被告人内藤の運転する警察用中型貨物自動車(以下ジープと称する)が距離約七十メートル(約二百三十尺)の地点から急速度で進行して来るのを認め、急遽ハンドルを左に切つてこれを避けようとしたが、右ジープが道路中央より左側(西側)の方に右折転進して来た為、避ける間もなく、右道路の左端(西側)近くにおいて、右ジープの車体がオート三輪車の右前側面に衝突したものであると云うのであるけれども、被告人神代が当時右のように道路の左端近くを進行していたとの点、同被告人が内藤の運転するジープを発見した地点及びその時のジープの位置が前示のようであつたとの点、本件衝突地点が前示のように三叉路の左端(西側)近くであつたとの点は左記の証拠と対比して、たやすく措信し難い。
即ち検察官の昭和二十七年一月三十一日附検証調書(一月二十八日検証)同年二月二十五日附検証調書(同日検証)原審の昭和二十七年十二月五日附検証調書(十一月二十五日検証)当審の検証調書(昭和二十九年二月二十六日検証)(以上の検証に於ける立会人の指示説明右調書添附の図面、写真を含む)原審における証人加藤勝也同峰島義弘の各尋問調書、当審における証人羽田俊雄同峰島義弘の各尋問調書検察官に対する峰島義弘、同島田重利同長谷川渉の各供述調書、検察官に対する被告人両名の各供述調書を綜合すれば、本件ジープとオート三輪車の衝突地点は前記茂原方面より一の宮方面に通ずる道路と茂原方面より土睦方面に通ずる道路とが分岐する三叉路において茂原方面より一の宮方面へ向う道路が左方(東方)に曲る曲り角附近の、茂原方面から見て道路中央よりやや左寄りの地点(検察官の昭和二十七年二月二十五日附検証調書添附図面G点附近)に当ること、右衝突のためジープは前車輪を右方に曲げて横転し、車体下部(腹)を茂原方面に向け車体後部は道路左側(東側)にある生垣と殆んど接触する位の個所にあり、車体前部は道路中央に向つて転倒していたことオート三輪車は右衝撃のため車台と車体(荷台いわゆるボデー)とが分離し、車体は衝突地点より土睦方面に飛び離れ、車台はその前方茂原寄りに略その進行方向に向つて停止し、車台と車体との間隔は約三、三メートル(十一尺位)であつたこと、本件現場附近におけるジープ及びオート三輪車の速度はかなり速く、双方共三十二キロメートル(二十マイル)以上であつたこと、右の曲角附近においてジープは緊急の用務に服する表示としてのサイレンの警鳴を続けていなかつたこと、本件現場の道路の状況は、茂原方面より一の宮方面に向い、著しく左方(東方)に屈折する急カーブをなしており、そのカーブの内側(東方)に沿つて高さ約二メートルの檜の生垣があり、茂原と一の宮とのどちらの方向から進行するにしても前方の見通しが頻る悪い所であること、右の如き道路の状況であるため一の宮方面から茂原方面に向う諸車はこのカーブを右に曲るにあたり、カーブの近距離を進行しようとして道路の中央の方に出る傾向があり、又茂原方面より一の宮方面に向う諸車はこのカーブを左に曲るにあたり、従前の進路並びに速力の惰性とカーブ前方の見通しを得ようとするため生垣に接近してカーブを左折しないで稍大廻りに道路中央寄りに出てカーブを曲る傾向があることが、右道路を通行する諸車の轍で作られた路面の高低から見て推知せられること、本件三叉路における諸車の交通状況は茂原一の宮間の道路は貨物自動車オート三輪車自転車等の交通がかなり多く、これに対し茂原より土睦の方面に向う道路は、それらの交通が著しく少いこと、本件事故発生当日は日曜日にあたり、茂原にロードレスの催しがあつたりしたため、道路の交通量も平日より相当多かつたこと等の事実が認められるのである。右の如き急カーブの内側に沿つて生垣があり前方の見透しが極めて不良な状況にあり且つ車馬の交通も相当頻繁な道路の曲り角附近を進行する場合にあつては被告人等自動車の運転の業務に従事するものは前示カーブ附近を進行するときはその相当手前から絶えず前方を注視するは勿論、互に左側通行を厳守し又不意に人や車等が進路の前方に出て来たときは直ちに停車し得るよう自動車の速力を充分に減じて進行し以て人や車馬の交通の危険の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにかかわらず、被告人神代は前示カーブを右に曲るに際し前方の注視義務を怠り又反対方向より諸車が進路前面に出て来る場合に直ちに停車しうるよう十分に減速する等の措置を講ぜず、漫然時速三十キロメートル以上の速度のまま道路の中央附近に出てカーブの近距離を進行しようとしたものであり一方被告人内藤は前記カーブを左に曲るに際し、前方注視義務を怠り反対方向より諸車が進路前面に来る場合直ちに停車しうるよう十分に減速する等の措置を講ぜず、漫然時速三十キロメートル以下の速度で、従前の進路及び速度の惰性と、カーブ前方の見通しを得ようとしてやや大廻りに道路中央附近に出て左折進行しようとしたため、右両者の過失が競合し、ここに相当の速度を以て反対方向から疾走して来たジープとオート三輪車の右前側面に激突し、前示のようにジープは横転し、オート三輪車の車台と車体は分離し、車台は稍前方に車体は土睦方面に飛び離れ、そのため双方に乗車中の多数の者に原判示の如き死傷の結果を生ぜしめたものと認められるのである。原判決が認定したところもまたこれと同趣旨であつて右認定は相当であり、即ち本件は被告人双方の過失により発生したものと認められることは原判決の認定判示するとおりである。故に、本件について被告人神代には過失がなかつたとの主張は理由がなく、又本件記録を調査しこれに現われた各証拠並びに当審における事実の取調の結果を総合して本件事故の発生の経過並びに結果被告人等の過失の程度両被告人間の過失の軽重等を考え合わせると、被告人神代が当日被害者等の懇請により已むなく同人等を判示オート三輪車に乗車させ茂原に向けてこれを運転するに至つた事情については同情すべき点があるが、なおその本件行為に対する責任は軽くないものがあり、同被告人に対する原審の量刑は決して所論のように重きに過ぎるものとは認められない。故に論旨はいずれも理由がない。